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男は女によって変わるのか?ひとつのケース

最近、男女の心理の違いについて興味があり、一番身近な我々でひとつの検証をしてみたいと思います。

女は簡単に男によって変わる人が多いと思いますが、男はどうなんでしょうか?

男性心理をちょっと覗いでみようではないか!という記事ですw

ちなみに被検者となるのはむしゅです。かれこれ8年くらい一緒にいますが、人当たりは物腰が柔らかいのと裏腹に(だからよくむしゅが”奥さん”と言われる)、中身は意見を決して聞き入れない、曲げない頑固者です。

私も意見を曲げず主張する人間なので、例えば映画を観に行ったり、コンサートに行ったり、演劇を観た後に感想を言い合うと

討論になり、喧嘩となる。それがオチですw

そんな我々なので、インタビュー形式で検証すると

確実に私の操作が入ること、私に対抗して本当の心理を話さない可能性もあるので、むしゅの書き残した文章を拾いながら進めていきます。

*  *  *


先月、難民映画祭が広島で開催されました。このことに関して書き残した文章から見ていきます。
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私はもともと人道的なトピックについては関心を寄せていて、この情報を入手した時にはすぐにむしゅに報告しました。

この時の反応はこんな感じでした。

「まだ行くかどうか決めきれない」

こういう時は、この人、だいたい行かないんですよねw



長い旅で難民にお世話になったこともありました。だから、一緒に知り、学びたかったのです。難民のことを。

その時のことはこちらです↓

お互い関心を寄せる事柄ではあったので、行かないと即答よりはマシだと思ったのですが。

映画祭直前には申し込みを済ませ、行くことにしたそう。この時点でちょっと予想外の展開でした。



書き残しではこんな風にむしゅは書いています。

『平和という言葉があまり好きではない。平和の為に活動するという時点で、自慢ばかりする知り合いの近くで一日を過ごすような心苦しさを覚えてしまうのは、人間という性質に諦めているからだろう。』


どうせ戦争とかなくならないし、こんなこと考えたって、したって、何になるっていうんだろう。それがむしゅの絶対的なスタンスでした。

だから、私が帰国後に”世界とラブ&ピースで繋がってきた”というお話会をさせてもらった時は反対していました。

それ以前にも、シュプレヒコール鳴り止まぬ韓国に友達に会いに行く時も、ハルピンの731部隊跡を見に行くと決心した時も、上海に和装で行くという挑戦をした時も。

ぶん殴られたっていい、私は行くんだ!と言う意思とは裏腹に、むしゅの反応は・・・

無反応ww!

むしろ海外事情に詳しくない友人の方が心配してくれていたくらいです。

こんなに分かり合えないなんて、というか私はこれが好きでやっているからそんなに今言うほど気にしていなかったし(深層心理では違ったのかもしれないけど)、辛いことはなかったけど

自分がやっていることを理解してもらえないというか、支持してもらえないというか、その寂しさはありました。



そんなむしゅを変えたのはある女性の言葉でした。


『アフリカへボランティアに定期的に行っている人が、種まきという言葉を使っていた。これは、自分にとって大した経験ではなくても、他の人にとっては新鮮で何かしらのきっかけを持つ経験かもしれないから、専門的知識はなくても体験で得たことを人々に伝えて欲しいということを、種まきという言葉で総括した言葉だ。』

私がお話会をした後に、チャリティーイベントでトルコのスープとパンを販売しました。その時に上の「種まき」という言葉に出会い

むしゅは考えが変わったのだそうです。
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私もお話会を聞いてくださった上でイベントに来てスープとパンを買い求めてくださった方々に出会い、

種まきの本当の意味を知ったのですが、むしゅも同じことを感じたようなのでした。(この人、お話会は来てないけどw)

『悲観的な人間の持つ性向として、希望的観測をすると外れた時の落胆が大きいから、常に最悪を想定して生活するのと似たものかもしれない。しかし、種まきという言葉を知った時から、片意地張った自分の肩の荷が降りたというか、そんなにどちらかに偏った考えを持つ必要はなく、徹底した平和活動、完全な無関心、どちらに偏ることはしなくても良いのだ、自然に、自分の内から出て動くままを尊ぶべきであると知り、たとえそれが中途半端な中庸であるとしても、それは自分にとって悪い姿勢ではないと頷くことができた。』


残念ながら、むしゅが変わったのは私の言動ではなく、別の女性の一言だったのですが(爆)

男も女によって変わると言う結論が導かれました。


おそらく、我々は距離が近すぎて、男には男のプライドがありますし、30余年も生きていろんな経験を積んでいれば

(しかも途上国や戦地を見て来ているのはむしゅの方が圧倒的に多い)

受け入れようにもそれが難しかったのかもしれません。


誰かが間に入ってくれることで、同じ経験をすることで、少しずつ共感が生まれ、

第三者の言動で理解や支持が生まれると言うことがわかりました。



何はともあれ!今までの無反応ではなく、少しでも自分がしようとしていることに理解や支持を示してくれるので

良きパートナーなんでしょうかねww 毎度毎度噛み合わなくて困っていますけど。


最後にトルコで出会った難民の記事、上に私の記事を貼り付けていますが、むしゅが感じたのは以下に書かれています。むしゅの文章でこの記事を終えたいと思います!

 『トルコで出会った家族は、自分にとっての難民という単語の範疇には入らない。寒いコンヤの街、街中を漂うソバ(石炭ストーブ)の香り、最低限の調度品しか揃っていない広い部屋、火事になるかと思うくらいに焚かれたわれわれの寝室のソバ、暖かさが身に染みるのは部屋の温度と心遣い、おもてなしという言葉が空疎に感じる彼らの歓待は、難民という言葉をなんら言い訳しない人間としての崇高な態度、それは義務ではなく彼らの国の文化が育んだ尊敬すべき人間としての美しい振る舞いだった。イスラム圏の人々は、日本の歓待がちっぽけに思えるくらい、おせっかいな人情でおもてなししてくれるのだ。そんな彼らは自分の持っている難民には似つかわしくなかった。』
 



by sahne-miz | 2017-12-08 00:20 | 笑う | Comments(0)

広島在住、旅好き人間です。訪問国は70以上。冒険求めて世界中どこまでも。世界の食探検「あかいはりねずみ」準備中です。


by sahne-miz
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