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わたしの海外旅行履歴

最近、なんだか英語が少し喋る機会があるせいで、海外に小さい時から行っていたとか、言われる事も多いので

ざっくり自分の海外旅行遍歴をまとめてみようと思います。

小さい時は海外の縁なんて全然ありません!家族だって海外旅行はほとんど行ったことないです。

わたしの海外旅行の始まりは21歳です。4年制の医療系専門学校に通っていたのですが、1年フラフラしていたので初めての海外旅行は専門学校の3年生でした。

初めての海外はインドネシア

ちょうど家が貧乏真っ只中で、イラク戦争が始まったとニュースでは言っていましたが

全然世間がわかっていない人間で、自分が一番不幸だと思っていました。

貧乏なのになぜか行くことになったインドネシア。航空券を除いて2万円だけ握り締めて。今なんかパスポートだけで手ぶらで空港まで行けばいいですが、当時はまだ緑色のごっついチケットを持って行っていました。懐かしい。

すると、2万円でインドネシアでは超金持ちな自分になっていました。

路上で寝ている人はいっぱいいるし、物乞いにも会いました。

赤ちゃんをおぶった女性が生きて行くためにお供え物や店のものを取って食べている・・・

あ、全然世界というものをわかっていなかったんだな。なんで不幸とか言っていたんだろうと気づいたきっかけでした。

お金はなかったけど行ってよかったです。

お釣りが飴ちゃんだった。小銭がないからだそうです。今もそうなのかな。
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そんなこんなで海外に目を向けるようになって、まだまだ英語なんか喋れない私でしたが、とにかく目が向くようになったのが21歳でした。

卒業旅行で選んだのがモンゴル

首都・ウランバートルではストリートチルドレンはいたし、ゲルを転々としながら1週間ゴビ砂漠を旅したんですが

空の広さ、太陽とともに生きて行くということ、星の美しさ、人間含め生き物の温かさを感じました。

砂漠ですから野菜なんて育ちません。だから家畜を殺めて食べて生きて行くのです。生きて行くというのはこういうことなんだと知りました。

だけど、味付けもほとんどなかったし、今まで生きていた動物がそこにあって食べるということが受け入れられず、ほとんど喉を通らず。

帰国してからも、当分肉は食べることができませんでした。今に比べたら、ずいぶん繊細でしょww

羊の出産にも立ち会いました。我々のために子羊を殺めたお母さんが一生懸命夜通しお産を手伝うのです。涙が出ました。

まだ英語は喋ることはできません。ゲルでも英語を喋れる人はいなかったし、必要性はそんなに感じていませんでした。

余談ですが帰国後。風呂なんてまともになかったし、犬や羊と寝ていたせいで、相当悪臭だったと母から今でも言われますw
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次に行ったのが社会人2年目で南アフリカ・ケープタウンです。当時好きな人がいました。付き合っていましたが、彼は南アフリカに1年間留学しました。会いに行くために行ったのがきっかけです。
まだW杯もこんな危険な国でできるのか?と危ぶまれていた時だったので、door to doorでほとんど街を歩くことはありませんでした。

南アフリカは公用語の一つに英語があって、英語が喋れるとこんなに便利なんだなと思うようになった頃でした。
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そしてアイスランド。社会人3年目で北欧へ。医療の世界に生きていると生と死について深く考えるようになります。

そして祖父を亡くしました。しばらくして子どもの頃、祖父と一緒にテレビでオーロラを観た夢を見ました。

これは見に行かなきゃいけないんだ、と思い病院には北欧の病院や福祉施設も見に研修をしてくると直訴して長く休みをいただきました。
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そして念願のオーロラ。施設見学が縁で出会った人は数知れず。ここで出会った人とは特別なつながりを感じ、今でも交流は続いています。

アイスランドには2度行きましたが、また行くことになるかも知れない国のひとつです。

英語は少しずつ勉強はしていましたが、まだまだ意思疎通は難しい状態でした。


社会人になって4年目。これから先どんな将来を描こうかと悶々と悩みつつ、まだ生と死を深く考えていた時でした。

パンを作ることが癒しになり、よし!ヨーロッパで修行してこよう!と思いつき英語とドイツ語を猛勉強。

とにかくお金をかけたくなかったので、NHKのラジオで勉強しました。

そして英語とドイツ語の個人レッスンを近所の知り合いから格安で週に1回、1時間。


パンと言えばフランスもいいと思ったので、フランス語もやってみたのですが、相性があるものです、全く覚えられずドイツ語はかなり身につきました。

1年勉強してドイツ語英語共に旅行には困らないくらいレベルまで達しました。ドイツ語検定は3級、英語はTOEIC700点くらいだったかなー。

行く!と決めての勉強だったので集中していたからだと思います。頭はいい方ではないので。

それで行ってみて。現地の語学学校には行っていないので、現地のヤローたちが喋るドイツ語が身についてしまいました。そのせいでドイツ語はかなり乱暴な感じ。(今はだいぶ修正されているはず・・・)
英語は全く通じませんでしたw 彼らが英語を全く喋れない!
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行ってみてわかったことですが、ドイツのパンはメイン食なので日本のパン屋とは格が全く違うのです。3K(臭い・汚い・きつい)の代表格。

移民の中東アラブ圏、トルコ人などが多く働いており、行った時にちょうど断食真っ最中で、彼ら、かなり空腹でイラついていたのです・・・

こんなところにお前みたいなチビで仕事のできない女が来るところじゃないんだよ!など言われながら。

(ちなみにドイツ人の平均身長女性168センチ、男性181センチ。私158センチ・・・)

だけど結局彼らはすごくいい奴らで、超仲良しになって、パンを極めるというよりも中東やアラブを背景に持った彼らの境遇とか、そういうのに興味を持っていきます。

ビザを延長するためには、パンの学校に通わなければならず、そうなれば語学学校に通わなければなりません。語学学校は自分で支払うことが必須。貯金にも限界がありました。

それに、もう時が経過した時にはパンを極めるというよりいろんな国をもっと知りたい、という方向に興味が移っていました。

そういうわけで、ドイツパン修行はキリのいいところで終え、欧州を放浪しました。16カ国。ヨーロッパって国がいっぱいあるので、すぐにこんな数になります。

英語はなるべく話したくありませんでした。ヨーロッパにはどこにでもドイツ人がいるし、ドイツ人と関わるようにしていました。

もともとアメリカが好きではなかったので。若気の至りってやつですねw

しかしここで出会いがありました。台湾人、韓国人、それぞれひとり旅の女の子との出会い。彼女らと話そうと思うと英語が必要です。

そんなわけでやっぱり英語も勉強することにしました。そしてドイツ人とばっかり偏って交流するんじゃなく、どんな人とでも仲良くしていこうと。



帰国して、やっぱりドイツパン屋で働くことはせず、同じ医療職に再就職しました。

そして、欧州を放浪していた時に出会った台湾の子、韓国の子に会いに行くことにします。

ドイツで学んだことの大事なことの一つに「理解しようと思ったら自分から歩み寄らなければダメだ」ということがあります。

それが生きているのか、旅行したかっただけなのかw

韓国ではちょうどヘイトスピーチのニュースもあったりして、友情を確認したかったのです。
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台湾の子も3.11の台湾から大きな愛に自分から友人にお礼を言いたかったのです。個人同士の問題ではないけれど、私は単純にそうしたかった。
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そしてベトナム・ホーチミン。テト(旧正月)で誰も相手にしてくれない涙。ちゃんと調べていけよ!って感じですがw 楽しかったですけどね!
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香港。かなり消化不良。いつかリベンジします。
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中国・ハルピン。731部隊を見に行かなきゃと思い行きました。ぶん殴られる覚悟でしたが、中国の人、思いの外優しくご飯おごってもらったり、めちゃ充実した旅でした。
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ロシア・サンクトペテルブルク。ドイツから帰ったあとロシア語も勉強を始めました。ロシアの文化芸術にすごく惹かれているので。
だけど旅行でも話が込み入ると困る程度のレベルにしかなっていません。キリル文字は読めます。道を聞いてなんとなくわかったり、値段交渉や時間の約束ができるくらい。
そんなレベルでもこれが長旅でかなり役立つことは当時そこまで考えていませんでした。
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スイスのヴェルビエにも行きました。ロシアもそうでしたが、音楽目当てです。有名な音楽祭があるので行きました。
物価がめちゃ高いので、スーパーのパンをかじり、ヒッチハイクで移動していました。小さな村なので、ヒッチハイクの噂はすぐに広まり、最終的には逆ヒッチになるというw ありがたいです。
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そんな経過があり、今ずらずら書いている長旅に繋がったわけです。多分過去の記事を掘り返せば当時の内容が出てくるのもあるんですけどね。


英語運用能力に関しては私の場合、
ドイツに行く前の集中した期間があり、台湾、韓国の友人に会ってまた徐々に英語は喋れるようになり、長旅でも使っていたおかげで上達し、日本でホストになって現状は維持できています。

ただ人に言われるほど私が英語を話せることはスマートではないと思うのです。これだけやってこれだけなんだ私w という感じが否めないからです。英語が話せていいなーと言われますが、こんだけやってこれだけですよw と言いたい。

ドイツ語は英語と仕組みが似ているからか、英語とドイツ語を一緒に勉強したことは大変ではなく、相乗効果でした。英語の他にドイツ語も話せるんだねーとびっくりされますが、たぶん英語だけ話せる人とそんなに変わらないと思います。言語体系が似ているので!

ドイツ語は1年勉強して、パン屋にもいたので普通の大学ドイツ語学科卒業した子たちくらいの能力はあると勝手に自負しておりますww


以上!私の長旅前の履歴でしたwww



by sahne-miz | 2017-07-11 02:35 | しゃべる | Comments(0)

広島在住、旅好き人間です。訪問国は70以上。冒険求めて世界中どこまでも。世界の食探検「あかいはりねずみ」準備中です。


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